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LTspiceで真空管

真空管は量産という表舞台からは消えましたが、蒸気機関車やレコード同様、確実に残っていくことでしょう。電子機器というより、高い音楽性を持つ音響機器、例えばオーディオアンプやギターアンプとしての存在感を、より強くしていくようです。また、あそびやゆとりを重視する用途にも新たな世界を拓く可能性が期待されます。
LTspiceには、真空管回路作りに欠かせない研究のための高い価値があります。







◆真空管スパイスデータ

真空管のspiceに関してはayumi's Lab.に詳しく述べられています。当ページで使用するspiceデータにも使わせて頂きました。これをLTspiceで使うには以下のようにします。

@ 真空管spiceモデルの .inc ファイルの訂正
incファイルの数式記述のままではLTspiceはエラーになるので、Windows"メモ帳"を使って ^ を ** にすべて置換します。これをLTspice回路設計をするフォルダにコピーしておきます。
なお、6BM8のような複数管は、5極管-P、3極管-T のように区別されています。

A  シンボル表示するための .asy ファイルの改造
”C:\Program Files\LTC\LTspiceIV\lib\sym\Misc” にある三極管用の triode.asy を12AX7.asy のようなファイル名に変えてコピーし、同じディレクトリにセーブしておきます。
それをメモ帳などのエディタで開き、以下のように SYMATTR 部分の定義文を書換えます。

SYMATTR Value 12AX7
SYMATTR Prefix X
SYMATTR ModelFile 12AX7.inc
SYMATTR Description This is 12AX7 made using Ayumi’s lib

【注】 triode.asy(3極管) tetrode.asy(4極管) pentode.asy(5極管) の各シンボルがあります。
5極管にも内部接続が二通りあって、
 pentrodeは全グリッド独立型、
 pentrode2はカソードと第3グリッドが内部でカソード接続型(6BQ5,KT66,KT88など)
 pentrode2 はpentrode2.zipを解凍し、”C:\Program Files\LTC\LTspiceIV\lib\sym\Misc”にセーブします。

以上で、真空管のLTspiceが実行できるようになります。

なお、下記真空管のMiscデータと改造済みのincファイル tube.zipを添付しておきます。
 12AX7, 2A3, 300B, 6BQ5, 6L6, 6V6, KT66, KT88




整流作用
エジソンが白熱電球の中に陽極板(プレート)を組み込むと、プレート側からフィラメント側へは電流が流れるが、逆方向へは電流が流れない現象(エジソン効果)を発見しました。整流作用です。

フィラメントが熱せられると、エネルギーをもらった電子(-)がフィラメント周囲の空間に離脱しようとしますが、プレート極に+電圧を掛けると、この電子がプレートに向かって吸い寄せられて電流が流れることになります。
逆方向に電圧を掛けると電流はまったく流れなくなります。

フィラメント(ヒーター)から直接電子を放出する真空管は直熱管と呼ばれ、温度が低くても電子を放出し易い材質のカソード(陰極)を使って、ヒーターを間接的に熱するタイプの真空管は傍熱管と呼ばれます。傍熱管はヒーターを暖めるのには50ないし60Hzの交流を使用しても温度変位が少ないというメリットもあります。


青:入力(100V 1kHz) 緑:out


上は真空管2A3を使った整流作用の実験です。
交流(AC100V 1kHz) を加えた場合のカソードからの出力outです。

真空管の上側の電極がプレート、下側の電極がカソードです。この実験では中間の電極グリッドは使っていません。
なお、2A3は直熱管なので、ヒーターがカソードを兼ねているのですが、LTspiceではヒーターの図示およびヒーター回路は省略されています。実際の真空管回路においてはヒーターに2A3なら2.5V、12AX7なら 6.3Vのような定格電圧をかける必要があります。なお、低めのヒーター電圧の方が真空管の寿命を延ばすとの説もあるようですが、プレート電流の減少が悪影響を招く危険性もあります。空冷フィンで対策の方が無難かもしれません。

グリッドは文字通り、カソードとプレートの中間の格子状の電極です。上の整流機能の中では何ら役目をなしていませんが、これは見方によっては、グリッドに電圧を掛けない時は、プレート→カソード間は導通しているということです。
N型FET(電界効果型トランジスタ)はこの真空管に似た動作をします。

なお、整流専用の2極真空管としては、管内にプレートが2組組み込まれ、センタータップ付きのトランスと組み合わせて全波整流ができる整流管が用いられます。下図 5Z3 参照





多極管
やがて、カソードとプレートの中間に電極を組み込み、電子流を制御する真空管が発明されました。

3極管のグリッド(またはコントロールグリッド)はその名が示すように、カソードとプレートの中間に配した網状の電極です。
電子は-電荷を持つ粒子ですから、グリッドにマイナス電圧を掛けるとグリッドの網をくぐり抜け難くなります。このマイナス電圧を入力信号を使って変化させることで、プレートからカソード(またはヒーター)に流れる電流の量をコントロールします。

5極管は、グリッドを通過して速度が低下してしまった電子を+電位で引き寄せるスクリーングリッド、
及び、プレートから跳ね返ってくる電子を押し戻すため、−電位を与えるサプレッサーグリッドを配します。
サプレッサーグリッドは通常カソードと内部接続されています。
また、更に効率的に二次電子をプレートに押し返す働きを持つビーム管もあります。

3極管                     5極管                    ビーム管




真空管の主な規格/定格の見方

Ep :プレート電圧(V)   カソード-プレート間に掛かる電圧
Ip :プレート電流(mA)   プレートから出力される電流
Pd :プレート損失(W)  カソード-プレート間の電圧×電流
Eg :グリッド電圧
Ef :ヒーター電圧

真空管の3定数
 μ:電圧増幅率         プレート電圧変化 / グリッド電圧変化
 rp:内部(プレート)抵抗(Ω) プレート電圧変化 / プレート電流変化
 gm:相互コンダクタンス     ゲイン(利得)

3定数の関係は  gm = μ/rp 
内部抵抗が低く、高い電圧増幅率を持つの真空管は大きな電力増幅ができ、高ゲイン管と呼ばれます。



下はオーディオ前段増幅管 12AX7 のデータです。3極管が2個入りの双極管です。General dataは各ユニットのA級動作の使用例です。


オーディオ出力管 2A3 のデータです。




動作クラスとバイアス
バイアスは偏らせる(偏向)の意味があります。真空管やトランジスタの入力信号を+側か-側に偏らせることで、望む範囲で動作できるようにするのがバイアスの働きです。バイアスのかけかたの違いでA級、B級、などと呼ばれます。

A級動作は、直線性の良い動作範囲となる負のバイアス電圧をかけて真空管を使う方法です。無信号時も、真空管には常にアイドリング電流が流れた状態にあります。

通常はプレート電流が流れない高い負電圧のバイアスを使い、信号の上半分でだけ、この真空管を使い、下半分は別の真空管でプッシュプル回路を設ける方法をB級動作といいます。B級動作は無信号の時は真空管に電流が流れないので大出力化することができます。
A級とB級の中間での動作はAB級と呼ばれます。



真空管の基本動作
下のグラフは、2A3のグリッド電圧を
0V緑 、10V青、20V赤、30V水色、40Vピンク、50V灰
のように振った時の、プレート電流Ip(縦軸)とプレート電圧Ep(横軸)と、 の関係をLTspiceで描いたものです。

同じプレート電圧を使った場合、グリッド電圧を−にするほどプレート電流は減少することが分かります。また、プレート電圧を高くするほどプレート電流は増加します。



なお、下のグラフは、メーカーが出しているIp-Ep特性図です。
LTspiceで描く特性図には有効な範囲のプレート損失が考慮されていませんから、使えない領域のプレート電流まで扱われてしまうことさえ留意すれば十分利用できることがわかります。


2A3 特性図



12AX7  特性図


特性図の使い方
12AX7を電源電圧300V、負荷抵抗102kΩで使うとします。

                12AX7
  300V----102kΩ----P G K----GND

従って、
カソードプレート間に電流が流れない時は、プレート電流は Ip=0mA、プレートには電圧 Vp=300V (赤ライン右下端)
カソード-プレート間が完全に導通した時は、Ip=300V÷102kΩ=2.9mA  Vp=0V (赤ライン左上端)

この両極端な状態を赤の線で結んだのが上図の赤線で示すロードライン(負荷特性線)です。そして、グラフと交差している値がバイアス電圧ということになります。
例えば、上のロードラインからは、電源電圧300V、負荷抵抗102kΩを使い、カソード-グリッド間のバイアス電圧を-1Vにすると、プレート電流は1.4mA流れることが分かります。また、この回路の場合、12AX7でなるべく大きな電圧出力を得るためには、バイアス電圧は-1V〜-2Vの範囲で使うのがよいことも分かってきます。特性図とロードラインの組み合わせは、真空管をどう使うかを考える上でとても重要です。



出力トランス
真空管は高電圧低電流の守備範囲が得意な高インピーダンス素子である一方、スピーカーの振動コイルは軽量化の必要のため、巻回数が少ない、つまり低インピーダンスが求められます。
このため、通常、インピーダンス8Ω〜16Ωのスピーカーには真空管回路を直結しないで、出力トランスを使って効率を上げる方法が用いられます。
シングル出力で
          一次側          二次側
インピーダンス  4〜7kΩ         8、16Ω
インダクタンス 3〜20H         5〜40mH
抵抗値     150〜300Ω       0.5〜5Ω

プッシュプルの1次側は
インピーダンス インダクタンス
  6〜10kΩ  70〜500H

程度が使われるようですが、真空管の内部抵抗と出力トランスのインピーダンスが近い程効率が高くなります。
例えば、プレート-カソード間電圧 250V、プレート電流 50mA の場合、真空管の内部抵抗は 250/50=5kΩ ですから、真空管側のトランスのインピーダンスも5kΩが適していることになります。
スピーカー側のインピーダンスはスピーカーに表示されているインピーダンスを使います。
トランスの最大出力にも注意する必要があります。

外観は下の写真のように、端子コア露出型、完全シールドケース型、簡易ケース型、などがあります。
機能上は端子コア露出型でも構わないのですが、真空管とトランス類はシャーシー上面に配置されることが多いためケース型が好まれるようです。



出力トランスは「オーディオトランス」の名で、管球式電源トランスと共に現在でも各社から製造販売がおこなわれいます。

RL 直列回路のインピーダンスZは、
  Z=√((R2+(2πfL)2)  
  R:コイル抵抗 L:インダクタンス(H) f:最低周波数50Hzとして
で計算できますが、インピーダンス計算サイトを使うと簡単に計算することができます。
また、LTspiceでの結合定数は0.95〜0.99 を使います。

大きなインダクタンスの出力トランスを使うと低周波領域の出力は得られますが、高い周波数の出力は困難になり、逆に小さなインダクタンスのトランスでは、高い周波数の出力は大きくなりますが低い周波数は貧弱になりがちです。

なお、トランスの インダクタンスL、 巻き数N 、電圧V には
 V2/V1 = N2/N1
 L= N2
 L2/L1 = (V2/V1)2
 L2 = (V2/V1)2
の関係があります。巻き数と電圧は比例し、インダクタンスは巻き数の二乗に比例します。


トランスの構造
コンデンサは、容量を上げるために長い電極を巻き込むとインダクタンス成分が出てきますが、トランスは逆にインダクタンス成分だけにしたくとも、巻き線と巻き線間に結合容量が発生してしまいます。
一次巻き線と二次巻き線間の磁束結合は高くしたい一方、容量結合は低くしたいという、相反する要求を満たすため、巻き線を分割したり、サンドイッチ巻き(分割した一次巻き線で二次巻き線を挟む方法)と呼ばれる複雑な方法が使われますが、トランスとしては高価になってしまいます。




12AX7 増幅回路の仕組み
緑:入力電圧 1V,1000Hz  青:出力電圧out


3極管12AX7により、入力信号1Vを増幅しています。
上例の回路の動作点は、バイアス電圧:-1.88V、プレート電流:0.85mA プレート電圧:212V

バイアス電圧はR5+R3に流れるプレート電流で発生させる自己バイアス方式です。プレートから真空管の中を通って、カソードに向かって電流が流れ始めると、その電流はR5とR3に電圧を発生させてグランドに流れます。
この電流をIpとすると、発生する電圧は Ip×2.2kΩ。 Ipが0.85mAなら 0.85mA×2.2kΩ≒1.88V となります。

さて、この時、デジタルテスターの黒をカソードに当て、赤をグリッドに当ててみる、つまりカソードに対するグリッド電圧を測ると何ボルトになるでしょうか?
まず、カソードに黒テスター棒を当てた状態でGNDの電圧を測ってみましょう。すると、-1.88Vになっているはずです(先程と逆向きに測っただけです)。

この-電圧は、R1,R2を回り込んでグリッドに達しても、管内を流れている電子の-電荷と反発し合うだけで、グリッド電流はまったく流れません。R1,R2にはまったく電流は流れませんから、抵抗値がどうであれ、カソードに対しては同じ -1.88V という電圧がグリッドにかかっていることになります。

もし、プレート電流が大きくなってっていくと、カソードに対するグリッドの-電圧も高くなっていくために、プレート電流は流れにくくなってしまい、結局両者は、ある動作点で吊り合うことになります。入力信号が入ってくると、この動作点を中心に真空管は動作することになります。つまり、バイアス電圧はこの真空管の動作点を決める重要な値ということになります。

プレートから流れる電流を利用してバイアス電圧を発生させる自己バイアス方式に対して、別に電源を設けて、グリッドにマイナスのバイアス電圧を与える方式を固定バイアス方式と呼びますが、この自己バイアス方式は簡単なので広く使われています。

ところで、信号が入って、Ipが増加しようとしても、抵抗R5に信号電圧と逆電圧が発生するため増幅率が上がりにくくなります。C3はバイパスコンデンサで、信号の交流信号だけ迂回させることで、逆電圧の発生を防止して、増幅率を上げる働きを持ちます。
R5は邪魔なだけかというとそうではなく、真空管の増幅率が入力信号に対してリニアで無い場合、例えば高電圧の方で増幅率が劣化するような特性だったとしたら、プレート電流の増加率が鈍化すると、これが入力信号電圧の打ち消しの度合いを減ずるため、結局、増幅率を引き上げる、という芸当を演ずることになります。つまり、より直線的に増幅することができるような効果を与えることになります。これがネガティブ・フィードバック(NFB)です。
NFBは、このように自身の回路の中でかける場合もありますが、出力段から入力段へ還す方法もあります。



定電流負荷回路



前例の回路の負荷は抵抗を使っていましたが、この回路は真空管を使って定電流負荷としています。出力の変動分がoutに効率良く押し出されるため、1.5倍程大きな出力が得られています。半導体回路にはよく用いられる手法ですが、真空管の電圧増幅段にも有効です。




カソードフォロワ回路



プレートから出力を取り出すのではなく、カソード側の負荷抵抗から出力を取り出すのがカソードフォロワ回路。
上の回路は負荷抵抗に発生する電圧をバイアス電圧として利用することで2段直結しています。
半導体のエミッタフォロワ回路同様、優れた高周波特性を得ることができます。
ただし出力インピーダンスが十分には低くないため、スピーカーを直接接続することはできません。





2A3 シングル出力回路
入力:25V 1kHz   緑:スピーカー出力電流(mA)  青:スピーカー出力電圧(V)


出力管 2A3を使った シングルのアンプです。
動作点は、バイアス電圧:-42.5V、プレート電流:54.5mA プレート電圧:241V  プレート損失:13.1W
出力トランスは6kΩ(直流抵抗290Ω):16Ω としています。

シングルアンプはプッシュプル回路に比べて小さな出力しか得られませんが、室内で聞くオーディオは最大出力2Wもあれば十分であり、シングルアンプの方が高品質といわれています。


◆2A3 シングルパワーアンプ
緑:スピーカー出力電流(mA)  青:出力電力(W)


前出の 12AX7を前段、出力段を2A3 で構成したシングルA級アンプ。
周波数特性は以下のようになります。



高性能なDCアンプと違い、低域も高域もなだらかに落ちています。


2A3 A級プッシュプル
緑:スピーカー出力電圧 青:2A3(U3)プレート電圧 赤:2A3(U4)プレート電圧


上は大きな出力を得るためのプッシュプル回路。
一つの真空管出力が電圧を押し上げ、他方が引き下げるように働くことからプッシュプル(PP)回路と呼ばれています。
2A3のバイアスは 62V 固定バイアスを使っています。
下図の緑波形は上側真空管U2のグリッド電圧、赤波形は下側真空管U3のグリッド電圧です。一方が押す時は、他方が引く関係になり、結果、出力トランスの上側と下側の巻き線には逆相の信号が出力されます。



なお、6C5を使うと高域が伸びますが、C5、C6でピークを押さえています。低域の落ちは結合トランスを使ったことによるものと考えられます。



オルソン型アンプ
回路


これも有名なオルソン型アンプ回路です。5極管をパラ接続した出力管を使っています。またこの回路は最終段から初段へ返すNFBを使っていません。



特性は上図のように低域が充実した素直なものになっています。



ウィリアムソン型アンプ
回路図


上は有名な 2A3 PP ウィリアムソン型アンプ。実回路ではR2とR3は100Ωの半固定VRを使いバランスをとります。
初段と次段を絶妙に連結し、U5のカソードとプレート双方から逆相のPP用信号を取り出している点など、ただ素晴らしいの一言の回路構成です。Williamsonは英国の教授です。
1kHzのサイン波は下のように美しい波形が出てきます。



真空管アンプでこれ程の特性が出せる秘密は、出力端子から最前段のカソードにR23で返しているNFB(負帰還)ですが、普通はこれだけ長くて深い負帰還を掛けると暴れてしまって、手に負えないのですが、その辺りがこのアンプのすごいところです。この負帰還抵抗を変更してみると以下のような変化が現れます。

NFB抵抗に16kΩを使い負帰還を強めると、


42kΩを使い弱めると


負帰還を強くすると、頭は押さえられますが、帯域が広がり、高低音が強調されます。



負帰還量の計算
上例のような負帰還をかける増幅回路において
  入力電圧: Vin
  出力電圧: Vout
  電圧利得: A       (裸の電圧ゲイン)
  帰還率:  β       (出力電圧から入力電圧に帰還させる割合)
とすると、

  Vout=A(Vin-β・Vout) 

出力の一部を入力から差し引いた合計を増幅しているのがこの式です。
式を変形して、増幅率 Vout/Vin を求めてみます。

 Vout+A・β・Vout=A・Vin
 Vout(1+A・β)=A・Vin
 Vout=A・Vin/(1+A・β)

従って

 Vout/Vin = A/(1+A・β)

となります。
OPアンプなど、Aが十分大きなの回路では右辺の分母と分子をAで割ると

 Vout/Vin = 1/((1/A)+β) ≒ 1/β

つまり、電圧増幅率は帰還率の逆数として考えることができます。

例1)電圧利得Aが15で帰還率βが0.2のアンプの増幅率は 15/(1+15×0.2) = 3.75
例2)電圧利得Aが10000で帰還率βが0.2のアンプの増幅率は 1/0.2 = 5

負帰還量(dB)は  20 log(1+A・β) で表します。
例1では 20 log(1+15×0.2) = 12dB となります。



300B A級 PPアンプ
回路図


オーディオ真空管の花形300Bを同じくウィリアムソン回路でA級PP。
先程の2A3アンプと似通った回路ですが、NFBを浅くしても良い特性が得られます。無論これは真空管のせいだけでなく、出力トランスにもよるようです。



このクラスのアンプ出力は20Wと称されますが実際はそこまでいかないにしても十分な出力が得られます。



イコライザー




レコード盤のカッティングの際は、溝の刻み密度を上げるため、低音の振幅を抑制しています。これをプレーヤー側で補正する必要があるのですが、そのためのアンプがこのRIAA特性を持ったプリアンプです。

なお、イコライザー段での音質の差は、真空管でもFETやOPアンプでもあまり差が無いと言われるようです。雑音レベルの影響の方が大きいためかもしれません。むしろ電源や雑音の回り込み実装対策が重要です。
ちなみに、イコライザーをOPアンプで構成すると次のように簡単な回路で実現できます。

MC(ムービングコイル)カートリッジ用イコライザーです。





電源


真空管アンプで手を抜けないのが電源。残留ハム音は音質を著しく下げるからです。
真空管アンプには整流管でなければの信仰もあるようですが、上はダイオードを使用した回路例です。
ヒーターはダミー抵抗にしています。直熱管である2A3のヒーター電源2.5Vは直流化しています。この程度の平滑化では電流にリップルが残っていますが、フィラメントの熱容量があるため実害は無いはずです。
プレート電源はチョークトランスを2段使うことでほぼ完璧になります。

なお、この「LTspiceで真空管」のページに掲載した殆んどのコンデンサの耐圧、および抵抗の消費電力は表示してありませんので、実際の回路を作る場合は、予めLTspiceを走らせて回路上で各適正値を確認してみてください。



アンプの実装



真空管アンプはシャーシー裏をどう組むかもポイントのひとつです。写真は管理人が組んだ2A3シングル。
中央やや左寄りに12AX7、その上下に2A3。真空管の左側の上下は出力トランス。という訳で、右側2/3は電源部で占められています。真空管寄りの上が電源トランス。あとは3段構えのチョークトランス。電源に懲りすぎの感はありますが、耳元で聴いてもハム音は皆無になります。

最短配線法が良いとする説と、太いグランド線に沿って張るのが良いとする説がありますが、これは後者です。
各ブロック毎に中継ラグ板をシャーシーに立てて小物パーツが宙に浮かないようにします。

残留ハム音以外のノイズの多くは、パワー段より前の低信号レベル、かつ高インピーダンス回路から入ります。特に、オーディオではプレーヤーのターンテーブルやメカの静電容量が不安定に浮いて、アンテナのようになっていますから、空中電界の変動を受け易く、チリチリ音が混入し易くなっています。配線回りをしっかりシールドして、低インピーダンスで大地に接地することが重要です。無論プリアンプも同一点で接地します。

シャーシーは1〜1.5mmのアルミを使い、シャーシーパンチを使うのが普通ですが、4mm厚のアルミを使っているため、重いトランスを使ってもへたりが来ていません。



真空管ソケット】
ほとんどの真空管は下の4種類のソケットに分類されます。材質はセラミックが一般的です。

UX4ピン: 2A3 、 300B 、 80
MT7ピン: 6X4 、 6AU6
US8ピン: 6L6 、 6V6 、 KT88
MT9ピン: 12AX7 、12AU7、12BH7、3BM8、6BQ5(EL84)



OTLアンプ
回路


今まで見てきたアンプはすべて出力トランスが付いていましたが、これはOTL(Output Transformer Less)アンプです。
出力を上げるためにどうしても真空管を豪勢にパラ接続せざるを得ません。2系統の45Vのバイアス電源も奮発しています。
特性はこうなります。アンプ離れしているという感じです。



念のため、1kHz矩形波はこんな感じです



これを見ると、OTLアンプはとても魅力的ですが、値が張るだけでなく、LTspiceも突然凍りつくことが多いということは、多分実際も大変なのだろうと思います。私も本物のOTLはやったことがありませんが、見方を変えればやりがいのあるということなのかも知れません。





パワーアンプの音と歪率
次の例は、タイプの異なるパワーアンプで、周波数1kHz-5周期、出力約1W の歪をLTspiceのFFTで求めたものです。

真空管 2A3 A級 シングル


真空管 KT88 A級 PP


真空管 300B A級 PP



トランジスタ B級 PP


数値的には 

 2A3 A級シングル (1.16%) >> KT88 A級PP (0.89%) >>  300B A級PP (0.13%) >> Tr B級PP (0.03%)

と、やはりトランジスタアンプがデータ的にはすばらしいのですが、グラフで見ての通り、高調波の様子がかなり違います。真空管シングルは2次高調波のレベルが少し乱れているだけで、3次高調波の乱れは認められません。KT88オルソンアンプの歪み率も決して良くないのですが、3次高調波は僅かの乱れがあるだけです。真空管300Bプッシュプルは前2方式より乱れてはいますが、2次より3次と、次第に乱れが小さくなっています。しかしトランジスタB級プッシュプルは歪みの絶対量こそ少ないものの、偶数次に比べ奇数次の高調波がかなり目立ちます。この傾向は、従来から指摘されていますが、LTspiceのシュミレートでも同じ結果が得られます。

ところで、アンプ出力のFFTで得られるパターンと実際の音質にはどのような関係があるのでしょうか? 
下の図は、正弦波 1kHz 5サイクルをそのままFFT解析したグラフです。



数学上のフーリエ解析なら1kHzのところに1本だけグラフが立っている筈ですが、高速解析法によるFFTでは、ステップ時間や有効桁数などの事情により雑音のパターンが現れるのは仕方の無いことです。1kHzの位置の立ち上がり以外の周波数の値はいわば解析ノイズ、またはホワイトノイズのようなものですから、我々はこれを差し引いて考えるべきなのでしょう。

解析ノイズの現れ方についても研究の余地があるでしょうが、ノイズではない、明らかな高調波パターンと音質の関連は興味が引かれます。真空管シングルアンプは、素直な音がすると言われますが、FFT分析でも1kHzの位置に1本だけピークがあるだけです。KT88 PP もやはりシンプルな高調波のパターンは他のアンプのそれより、原音に近いと言えるかもしれません。この二つのアンプは「真空管であること、そして最終段から初段に負帰還を返していない」という共通点があります。

従来の一般的な歪み率は、アンプに1kHzの正弦波を入力し、アンプの出力電圧から以下の方法で求めます。
   100× (1kHz除去フィルターを通した後の出力電圧)/(出力電圧)

この方式は簡単という意味では優れているのですが、高調波のパターン評価とまではいきません。基本波以外の周波数に雑音があるとデータが埋れてしまいます。






低コストで真空管アンプ
300Bはともかく、2A3でもペア管の価格は1.5〜3万はするため簡単には手が出せませんが、中出力管の6BQ5 (欧州名 EL84) はペアで3千円以下でネット販売されています。下は 6BQ5を三極管結合でPP出力のアンプです。パーソナルな使い方ならこれで十分かもしれません



6BQ5 のデータ: ヒーター電圧は6.3Vです。


上の回路における 6BQ5 の動作点は
 プレート電圧:254V
 プレート電流:52mA
 バイアス電圧:-7.8V

下はこのアンプの1kHz出力波形


周波数特性


歪みは当然2A3には及びませんが、素直な特性になっています。




上のアンプは出力段から入力段へは負帰還をかけていませんが、負帰還をかけたらどうなるか試してみます。
下の回路は、R3とR10の変更と、初段のカソードのバイパスコンデンサーなど、ほんの少し変更を加えた回路です。





見ての通り、周波数特性は圧倒的に広くなり、歪み率も1.81%→0.42%と大きく改善されています。

負帰還をつかうことの功罪が言われますが、先ずは実際に自分の耳で確かめてみるのが一番です。半導体アンプを改造するのは厄介ですが、自作の真空管アンプなら簡単に確かめることができるのも大きな魅力です。ただし負帰還を使う場合は、部品の品質や配置、配線引き回しなどはとてもクリティカルになるので細心の注意が要求されます。

ついでながら、この6BQ5もやはりパラ接続は可能です。バイアス抵抗の変更、および出力トランスもインピーダンスが低いものがよいでしょう。この場合も使う6BQ5の特性はなるべく揃っているに越したことはありません。歪み率はご覧のように更に下がります。








真空管の入手と代替
現在、生産中の真空管の多くはロシア、東欧、中国製のようです。これらの真空管やソケットはAmazonで入手可能です。"Amazon 6BQ5" や "Amazon 真空管ソケット" のように検索するのがポイントです。

日本製の真空管は長く製造が中止されて来ましたが、高槻電器工業において一部のモデルの製造が開始されたようです。この先の発展が期待されるところです。

ところで注意点は、同じ型式でも国やメーカー、個体差などで、かなり特性が異なるため、バイアス設定などで対応する必要があることです。極端な例では、同じ型式だからといって、球を挿し替えると、まともに動作しなくなるケースもあるようです。

逆に考えると、型式が異なっても少し条件を変更することで使える真空管も多いということかも知れません。プリアンプ用の電圧増幅管を、大きな出力管に代用することはできませんが、ある程度、プレートなどの寸法と見かけが似ている真空管は使える可能性も大きいようです。また、出力管に替えて送信管を使ったり、旧型テレビ用真空管の用途を考えるのも面白いかも知れません。真空管を使うことが比較的多い国々から輸入している業者の情報も参考になります。

http://www.soundcrew.co.jp/tubeampdoctor/

http://www.soundparts.jp/sitemap.htm

それから、ヒーター電圧とプレート電圧や負荷抵抗をある程度切替ができて、何種類かのソケットに対応できる実験装置を作っておけば、真空管の良否判定だけでなく、バイアス電圧を振ることで基本特性を調べることができるはずです。基本特性が分かれば、LTspiceを使って、それに適した回路を探求することも可能になってきます。







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